大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成11年(わ)1170号 判決

主文

被告人を免訴する。

理由

第一  公訴事実

本件公訴事実は、

被告人は、常習として、

一  平成一一年八月二七日午後三時三〇分ころから同日午後三時三七分ころまでの間、大阪市北区芝田一丁目一番二号所在の阪急電鉄株式会社梅田駅から同市東淀川区東淡路四丁目一七番八号所在の同会社淡路駅までの間を進行中の梅田駅発河原町駅行き特急電車五両目車内において、隣席に着座していた乗客H女(当時一八年)に対し、同女着用のスカートの上から同女の左大腿部を手で執拗に揉み、あるいはなで回すなどし

二  同年一〇月一一日午後三時二四分ころから同日午後三時三八分ころまでの間、前同市東淀川区上新庄二丁目二四番五号所在の前同会社上新庄駅から大阪府三島郡島本町水無瀬一丁目一七番一二号所在の同会社水無瀬駅までの間を進行中の梅田駅発河原町駅行き特急電車四両目車内において、隣席に着座していた乗客W女(当時一三年)に対し、同女着用のスカートの上から同女の右大腿部を手で執拗に揉み、あるいはなで回すなどし

もって、それぞれ、公共の乗物において、婦女を著しくしゅう恥させ、かつ、婦女に不安を覚えさせるような卑わいな行為をした

というもので、右の各所為は、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和三七年一二月二四日大阪府条例第四四号)九条二項、五条一項に該当するというのである(なお、本件においては被害者の実名は伏せた)。

被告人は、公訴事実を認めている上、取調べをした関係各証拠を総合すると、右事実を認めることができる。

第二  免訴の理由(なお、( )内の番号は検察官請求証拠番号を表す。)

一  確定裁判の存在

証拠(略式命令謄本―24、前科調書―31)によると、

被告人は、常習として、平成一一年四月二三日午後四時三〇分ころ、阪急電鉄京都線南茨木駅付近から同線茨木市駅までの間を走行中の梅田駅発河原町駅行き電車内において、乗客のT女(当時一九年)着用のジーパンの上から、左手のひらで同女の右大腿部を執拗に触り、もって、公共の乗物において、婦女を著しくしゅう恥させ、かつ、婦女に不安を覚えさせるような卑わいな行為をした(なお、被害者の実名は伏せた)。

という事実で、平成一一年一〇月七日茨木簡易裁判所に起訴され、あわせて略式命令の請求がなされ、平成一一年一〇月一二日同裁判所において、前記大阪府条例九条二項、五条一項に違反したとして罰金二〇万円に処する略式命令(以下、「前訴略式命令」とする。)を受け、これは同年一一月六日確定していることが明らかである。

二  常習一罪の成立

証拠(前科調書―31)によると、被告人には、昭和六一年ころから前訴略式命令を受けるまでの間、あわせて五件の同種犯行による処罰歴があるうえ、本件公訴事実は、犯行の時間帯、場所、方法、被害者の特性等において、前訴略式命令の条例違反行為と酷似しており、いずれも被告人の性的不良行為に及ぶ性癖の発露すなわち被告人の属性としての常習性が発現したものと認められるから、前訴略式命令における条例違反行為と包括して一個の常習犯を構成すべきものである。

三  本件犯行の時期

本件起訴にかかる被告人の条例違反行為は、いずれも前訴略式命令の既判力(一事不再理効)の時的限界の基準時、すなわち前訴略式命令の告知時より前になされた行為である。

四  結論

一罪の一部について確定判決がある以上、その効力は一罪を構成するその余の事実に及ぶことは当然である。本件においては、本件公訴事実と一罪を構成する事実について既に確定した略式命令が存在し、本件公訴事実は右略式命令の告知より前になされているので、一罪の一部について確定判決を経たことになるから、刑事訴訟法三三七条一号に基き免訴判決を言い渡すべきである。

第三  検討

もっとも、このような結論に対しては、常習犯人である被告人を不当に利することになり正義の感情にそぐわないとする批判があることは否定できない。そこで以下、「裁判所が起訴時説を採用されるということであれば、公訴事実第二には、確定略式命令の既判力は及ばす、有罪となる。」との検察官の主張を踏まえつつさらに検討を加える。

一  略式命令の効力からの検討

判決が確定すると、既判力が生じ、当該訴因事実と公訴事実の同一性を有する事実については既判力が及んで再度の公訴提起は許されなくなるところ、略式命令についても確定判決と同一の効力を認めるべきかが問題となる。すなわち略式命令は、被告人の犯罪的性向の全体像が必ずしも十分把握されていない段階で、しかもそのごく一部についての審理によって発布される場合があるからである。

そのため略式命令が確定しても、当該略式命令において評価されなかった新たな法的見解であって、可罰性を高めるものであれば、それを理由として改めて訴追することができるとする趣旨の判例が確立し、通常の判決手続とは異なった扱いをしている国もある。

しかしながら、我が国では、刑事訴訟法四七〇条が「略式命令は、正式裁判の請求期間の経過又はその請求の取下により、確定判決と同一の効力を生じる。」と規定し、明文上確定判決と同一の効力が付与されているのであるから、略式命令について既判力(一事不再理効)が生じることを否定することはできないものといわざるを得ない。さらに本件においては、前訴略式命令も被告人の「常習性」が構成要件となっていて、この点について法的見解を加えたうえで、発せられているのである。

したがって、形式面からも実質面からも前訴略式命令に既判力(一事不再理効)を承認しなければならない。

二  既判力(一事不再理効)の時的限界からの検討

もっとも、刑事裁判手続は既存の犯罪事実について国家刑罰権の存否を確定するものであるから、犯行が当該訴訟の審理の前後にわたって行われた場合に、後に行われた犯罪事実についても公訴事実の同一性を有する限り無限に既判力(一事不再理効)が及ぶとすると、国家刑罰権の適正な行使が阻害され、刑事政策上妥当性を欠く結果を招来することとなる。したがって既判力(一事不再理効)が及ぶ時間的範囲は、一定の範囲に限られるべきであるが、これをいかなる時点で画するかは、争いのあるところである(具体的には、起訴時と解する見解、第一審の弁論終結時と解する見解、第一審判決の言渡時と解する見解〔なお、控訴審が破棄自判の場合には控訴審の判決言渡時となる例外を認める見解をも含む〕、判決の確定時と解する見解、起訴・判決言渡・確定各時とする見解がある)。検察官も指摘するとおり、これを起訴時と解すれば、本件公訴事実中第二の犯行事実は、前訴略式命令の起訴後になされた事実であるから、前訴略式命令の既判力(一事不再理効)は及ばないことになる。

しかしながら、かかる見解は、起訴による被告人に対する違法性の警告の存在をその論拠の一つとするところ、たとえ起訴がなされても、被告人に送達がなされるまでは被告人に右警告の効果を期待することはできないし、本件のように前訴が略式手続でなされた場合には、検察官による起訴状謄本の差出自体が必要でなく(刑事訴訟規則一六五条三項)、被告人に対し起訴状謄本が送達されないので、被告人は略式命令が出るまでは起訴事実を知り得ないこととなる。(これを本件についてみると、前訴略式命令を請求している起訴状は平成一一年一〇月七日茨木簡易裁判所に提出されているが、略式命令が発せられたのは、本件公訴事実中第二の犯行事実の翌日である平成一一年一〇月一二日であり、さらに被告人に起訴事実と略式命令が告知されたのは確定日から推して同年一〇月二二日と思われる。)そして何よりも、未だ無罪の推定が働いている段階で起訴に右のような警告の効果を認めることには甚だ疑問があるといわざるを得ない。よって、既判力(一事不再理効)の時的限界の基準時を起訴時に求める見解には賛同できない。

三  以上、略式命令の効力の点からも、既判力(一事不再理効)の時的限界の点からも、一つの常習犯として処罰すべき犯罪事実の一部につき確定判決が存在するとみるべき本件においては、確定した前訴略式命令の告知前になされた本件公訴事実には右略式命令の既判力(一事不再理効)が及ぶこととなるから、一罪の一部につき確定判決を経たものとして、刑事訴訟法三三七条一号により被告人に対し免訴の言渡をすることとする。

なお、訴訟費用については、被告人に刑の言渡をしないから被告人に負担させないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 公訴事実第二につき懲役四月)

(裁判官 今井俊介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例